薬歴作成に1件3分半かけていた薬剤師が、AIで1件2分に変わった話
処方箋を受け取り、薬を調剤し、患者さんに服薬指導をする。ここまでが薬剤師の仕事の「表舞台」だとすれば、その裏側には膨大な記録業務が待っている。
服薬指導の内容を、SOAP形式(主観的情報・客観的情報・評価・計画の4項目で整理する記録方式)で薬歴に記録する。1件あたり3分半。1日40枚の処方箋を受ければ、薬歴だけで2時間以上かかる計算だ。閉局後に残って書き終える日も珍しくない。
「もっと患者さんと話したいのに、書く時間に追われている」。多くの薬剤師が感じているこのジレンマに、ひとつの実証データが出た。
新潟県のふたば薬局が、生成AIを使った薬歴アシスタント「ピアス」を約1年間導入した結果、薬歴1件あたりの作成時間が220秒から120秒に短縮された。削減率は45%。年間に換算すると、約35日分の業務時間が新たに生まれた計算になる(株式会社ロジロジ プレスリリース、2026年3月19日)。
この記事では、ふたば薬局の事例をもとに、薬剤師の記録業務がAIでどう変わるのか、そして「AIに任せられること」と「人間にしかできないこと」の線引きを見ていく。
薬剤師の1日は「書く仕事」に追われている
薬歴(薬剤服用歴管理記録)は、薬剤師が服薬指導のたびに書く記録だ。患者さんの訴えや体調の変化、指導した内容、次回の確認事項などをSOAP形式でまとめる。
これは単なる事務作業ではない。次に別の薬剤師が対応するとき、この記録が患者さんの安全を守る情報源になる。だからこそ省略できないし、雑には書けない。
問題は、その「書く時間」が薬剤師の1日を圧迫していることだ。
年間1万枚の処方箋を受け付けるふたば薬局の場合、薬歴作成だけで年間611時間、労働日に換算すると76日分を費やしていた。これは薬剤師の全労働時間のうち、かなりの割合を占める。
しかも薬歴は「指導の直後」に書くのが理想だが、次の患者さんが待っていればそうもいかない。結果として閉局後にまとめて書くことになり、記憶が薄れた状態で記録するという品質面のリスクも生まれる。
1件220秒が120秒に――ふたば薬局の1年間
ふたば薬局(新潟県新潟市、株式会社エムシード運営)は、2025年2月に生成AIを活用した薬歴アシスタント「ピアス」(株式会社ロジロジ開発)を導入した。
ピアスの仕組みはこうだ。服薬指導中の会話音声と処方データをAIが統合的に処理し、SOAP形式の薬歴の下書きを自動で作成する。薬剤師は、AIが書いた下書きを確認・修正して確定するだけで済む。
特徴的なのは、既存の電子薬歴システム(カケハシ社のMusubi)と独立して動作する点だ。AIが生成した下書きを電子薬歴にコピー&ペーストする運用で、既存の業務フローを大きく変えずに導入できる設計になっている。
約1年間の実証で出た数字は明確だ。
- 年間の薬歴作成:611時間
- 労働日換算:76.4日
- 年間の薬歴作成:333時間
- 労働日換算:41.7日
1件あたり100秒の短縮。率にして45%。この数字が意味するのは、「ゼロから書く」仕事が「確認して直す」仕事に変わったということだ。
なお、ピアスは処方データと音声の統合処理に関する特許を2件取得しており(特許第7627976号・第7790781号)、医薬品名や用量の誤認識を最小限に抑える工夫がされている(出典)。
現場の声──「会話に集中できるようになった」
数字だけでは見えない変化がある。ふたば薬局の現場スタッフが語った声を紹介する。
管理薬剤師(40代女性)はこう話す。
> 「メモは最小限にして患者さんとの会話に集中できるようになった。記憶が鮮明なうちに確認・微修正するだけで済む」(出典)
AIが会話を記録してくれるから、指導中にメモを取る必要が減った。患者さんの目を見て話せる時間が増えたということだ。
薬剤師でエリアマネージャーを兼務する男性(40代)はこう語る。
> 「薬が正確に反映される、フォロー漏れも網羅。大幅な時短につながっている」(出典)
運営会社エムシードの鈴木雅基代表取締役も、今後の展望について言及している。
> 「約45%の時短効果が顕著に現れた。在宅患者への薬剤師の取り組みをより深掘りする動きが実現できそう」(出典)
ここで注目すべきは、「時間が浮いたから楽になった」ではなく、「浮いた時間を患者対応や在宅訪問に使いたい」という声が出ている点だ。AIによる効率化は、薬剤師の仕事を減らすのではなく、仕事の中身を変える方向に作用している。
AIが得意なこと・人間にしかできないこと
薬剤師の業務全体を見渡すと、AIが効率化できる領域と、人間の専門性が不可欠な領域がはっきり分かれる。
JinzAIの薬剤師の職種ページでも分析しているように、薬剤師の仕事の中核は「人の健康に直接関わる判断と対話」だ。処方箋の裏にある患者さんの生活背景を読み取り、「この薬は食後に飲みにくいなら、こういう工夫がありますよ」と提案する。こうした対人スキルは、AIが最も苦手とする領域でもある。
逆に、定型的な記録業務やデータ照合は、AIが正確かつ高速に処理できる。ふたば薬局の事例は、この「得意・不得意の分担」がうまく機能した好例と言える。
薬剤師の仕事はなくならない、変わるだけ
ふたば薬局の1年間の実証が示したのは、シンプルな事実だ。
薬歴を書く時間が半分近くになれば、その分だけ患者さんと向き合う時間が増える。在宅訪問に行ける回数が増える。服薬フォローの電話をかけられる。
AIは薬剤師の仕事を奪うのではなく、薬剤師が本来やりたかった仕事に集中できる環境をつくる道具だ。
株式会社ロジロジは今後、対応する電子薬歴の範囲を拡大し、トレーシングレポート(薬局から医師への情報提供文書)の作成支援機能の開発も進めているという(出典)。記録業務のAI化は、薬歴だけにとどまらず、薬局業務全体に広がっていく可能性がある。
「書く仕事」から「話す仕事」へ。薬剤師の時間の使い方が変わり始めている。
出典・参考
- 株式会社ロジロジ「生成AIで薬歴作成45%削減・年間35日分の余力を創出を目指す──ふたば薬局での1年間の実証結果」(PR TIMES、2026年3月19日)
- ふたば薬局(新潟県新潟市、株式会社エムシード運営)
- 電子薬歴Musubi:株式会社カケハシ
- 特許情報:特許第7627976号、特許第7790781号